技術情報協会「スマートフォン・タッチパネル部材の最新技術便覧 」に掲載された記事の紹介です。 プルシアンブルーは、電気信号でその色を変えることができます。その特性を利用し、電子ペーパーや調光ガラスへの応用が期待されています。この記事は、特にモバイル機器への展開に注目して執筆しました。
図. 1.(左図)プルシアンブルー型錯体の結晶構造。(右図)プルシアンブルーナノ粒子薄膜のエレクトロクロミック反応の様子。 |
印刷・塗布法で作るエレクトロクロミック素子の
スマートフォン・タッチパネル製品への応用の可能性
はじめに
エレクトロクロミック素子(ECD;electrochromic
device)とは、電気化学的酸化還元により色が変化するエレクトロクロミック材料を利用し、電圧印加により色変化する素子のことである。通常は薄いシート状の形状をしており、基材にはガラス、フィルム等が利用される。現在では、航空機の調光ガラス1、反射率可変の車載用ミラーなどとして商用化されている。
ECDは、携帯電話などのモバイル製品への展開も視野に、研究開発が進められている。リコーは、フルカラーのマトリクス型エレクトロクロミックディスプレイの開発を進めている。アルプス電気は、単色のインジケーター用ディスプレイをCEATEC2011で発表した。このようなECDの開発状況と、モバイル機器への展開可能性について紹介する。
ECDはエレクトロクロミック材料を利用した色変化素子の総称であり、様々な材料、構造をもつ素子が存在する。材料としては、酸化タングステンなどの酸化物2、プルシアンブルー等の配位高分子3-6、ポリアニリンや、PEDOT-PSSなどの導電性高分子7, 8、ビオロゲンなどの低分子9を利用するものがある。素子構造については、何らかの層状構造であることが一般的である。代表的なECDの素子構造を図1に示す。導電膜上にエレクトロクロミック材料を積層させた二枚の基板を準備し、電解質を挟み込んだ構造であり、リチウムイオン二次電池と類似の構造である。この構造の場合、充電状態と放電状態で色が変わる、という理解ができる。この構造以外にも、エレクトロクロミック材料を電解質中に分散させた構造なども存在する。
動作方法は、二枚の電極間に電圧を印加することにより、色変化を生じさせる。逆方向の電圧を印加することで元の色に戻すことができる。単に両電極を短絡させることで元の色に戻る素子もある。ECDは、エレクトロクロミック材料の酸化還元状態を変化させる必要があり、いわゆる電流駆動である。そのため、窓ガラスへの利用の場合などの、大面積素子の場合は動作速度の低下という問題が発生する。これは、多くの場合、透明導電膜の抵抗に起因する問題である。一方、モバイル機器への搭載など、面積が限られる場合、特にアクティブマトリクスディスプレイのように、それぞれの素子に、低抵抗の配線がある場合には、高速動作も可能である。
2 印刷・塗布で作成するECD
エレクトロクロミック素子の製法は、材料に依存して選択されることが多いが、近年、特に印刷・塗布による作製法が、プリンテッドエレクトロニクスの一つとして注目を集めている。例えば、リコーのフルカラーECDは、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)「次世代プリンテッドエレクトロニクス材料・プロセス基盤技術開発」プロジェクトにおける助成事業として開発が進められているなど、行政支援も盛んである。
筆者らは、配位高分子の一つであるプルシアンブルー及びその類似体のナノ粒子を溶媒に分散させ、インクとして利用することで、印刷・塗布によるECDの開発を進めている6,10-12。この方式を利用することで、エレクトロクロミック素子の多色化、メモリ性(電圧なしで一定期間色・表示が維持できる)、安価・簡便な製造工程、フレキシブル化などが実現できる。
プルシアンブルーは図. 1に示す通り、内部に約0.5nmの空孔ネットワークを持つ材料で、電圧印加により、鉄を酸化還元させることでその色が青、透明、緑、黄色と変化する4,6。また、鉄を別の金属に置換することで他の色変化も可能であり、例えば、Ni置換体は黄‐透明の色変化を示す。
プルシアンブルーは微結晶になりやすい物質であり、合成条件の調整等により、10
nm程度のナノ結晶の合成が可能である。このナノ結晶に表面処理を施すことにより、水、有機溶媒、アルコール等の各種溶媒に分散させることができるようになる10, 13。このナノ粒子を分散させた「インク」を、透明電極上に塗布・印刷すると、その膜の色は、電解質内の電位制御により色が変化する(図. 1右図)。
図. 1.(左図)プルシアンブルー型錯体の結晶構造。(右図)プルシアンブルーナノ粒子薄膜のエレクトロクロミック反応の様子。 |
このナノ粒子薄膜塗布基板を二枚準備し、間に電解質を挟み、封止することでエレクトロクロミック素子が完成する。具体的な製造工程の一例を図. 2に示した。本技術では、エレクトロクロミック層、電解質層、封止材のすべてを印刷・塗布で製造することが可能となり、安価・簡便な製造が可能となる。
図. 2.プルシアンブルーナノ粒子を利用したエレクトロクロミック素子の印刷・塗布による作製法 |
このエレクトロクロミック素子のモバイル機器への展開可能性は、様々なものが挙げられる。その一つが、不揮発性インジケータである。アルプス電気は2011年のCEATECに、プルシアンブルーナノ粒子を利用した不揮発性インジケータを出展した。これは、電気なしでも表示した情報を維持できるものである。近年のモバイル機器は、シビアな電力マネジメントが求められており、ディスプレイは、基本的に使用してない場合は表示されないようになっている。結果として、メール着信、電池情報等の簡単な情報であっても操作して確認する必要が生じている。エレクトロクロミック素子は、一定期間電力なしで表示が維持できるため、常時このような情報を表示しておくことが可能となる。その他にもモバイル機器の筐体自体の色を可変にすることによる意匠性向上などの用途が考えられる。
図. 3.アルプス電気が発表したプルシアンブルー型錯体ナノ粒子を利用したモバイル機器用不揮発性インジケータ |
参考文献
10. Gotoh, A.; Uchida, H.; Ishizaki, M.;Satoh, T.; Kaga, S.; Okamoto, S.; Ohta, M.; Sakamoto, M.; Kawamoto, T.; Tanaka,H.; Tokumoto, M.; Hara, S.; Shiozaki, H.; Yamada, M.; Miyake, M.; Kurihara, M.,Simple synthesis of three primary colour nanoparticle inks of Prussian blue andits analogues. Nanotechnology 2007,18, 345609.