私たちが開発してきた放射性セシウムを含有する焼却灰の処理方法についてまとめた文書を公開いたします。PDF版はこちらからダウンロードしてください。
The review document for a treatment technology for radioactive-Cs contaminated ash has been released. Sorry now only in Japanese. English version will be publish elsewhere.
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放射性セシウムを含有する焼却灰の減容化に関し、セシウム吸着材を活用し、開発した技術を紹介する。そのコア技術は、プルシアンブルー型錯体ナノ粒子の高いセシウムイオン吸着能を利用した吸着材である。その技術は、放射性セシウムを再飛散させない焼却方法、焼却灰から効率的に放射性セシウムを抽出する方法、抽出したセシウムを吸着材により回収する方法、使用後の吸着材を安定的に管理する方法からなる。また、本技術を活用した場合のコスト低減効果についても紹介する。
1. 背景
2011年の東日本大震災に伴う東京電力福島第一原子力発電所からの放射性物質漏えい事故は、福島県を中心に、東北、関東に渡り、広く環境中に放射性セシウムの汚染を引き起こした。政府は放射線量が0.23 mSv/hを下回るよう除染を実施することを決定した1。また、環境だけでなく、都市ごみや下水汚泥の処理から生じる廃棄物にも放射性セシウムが混入し、その処理に困難が生じた2。これらの問題に対し、産総研は高性能放射性セシウム吸着材であるプルシアンブルー(PB)ナノ粒子(NP)をコア技術とし、様々な技術開発を行った。
PBが放射性セシウムをよく吸着することが知られたのは1950年ごろである。最初は放射性廃液中でPBやその類似体を合成したところ、セシウムイオンを取り込んで生成することが報告された。その後、事前に合成したPBをセシウムイオン(Cs+)の水溶液に浸してもCs+をよく吸着することが分かった3。福島第一原発事故より以前に、PBが放射性セシウム対策に使用された例としては、米国の原子核研究施設における廃液処理4、チェルノブイリ原発事故後に、乳牛への餌に混ぜて牛乳中のセシウム濃度を低減させたこと5、被爆した患者への投与による生物内半減期の低減6、原子力発電所から生じる廃液の処理への利用7等が挙げられる。また、福島第一原発事故直後にアレバ社が導入した汚染水処理施設はNiPBAを汚染水中で合成するものであった8。
除染目的では、産総研のほかに、大日精化、三菱製紙9、アタカ大機(現日立造船)、国立環境研究所および神鋼環境エンジニアリング、DOWAエコシステム10等、多数の企業がPBを活用した除染技術を開発している。その中でも我々の特徴は、材料のナノ粒子化と組成最適化による機能向上に加え、焼却灰除染、ため池対策、環境水分析技術への応用など、幅広い用途に向けて実用化レベルまで技術を発展させたことにある。本稿では、最初に材料開発について触れたうえで、この三つの技術開発についてその技術内容を紹介していく。
2. 吸着材の構造最適化
我々の吸着材はPB型錯体をベースとし、必要に応じて粒状化や基材への担持等を施し、成型している。Csを吸着するには、吸着する材料の原子レベルの多孔質構造で決定される性能はもちろん、nm, mm, mmレベルの多孔質構造も極めて重要である。なぜなら、吸着材料に迅速Csが到達するためには、そこに至る経路が必要だからである。そのため我々は、材料のみならず、図 1に示す通り、nm~mmの構造を多段階に設計している。
PB型錯体の組成式はAyM[M’(CN)6]x×zH2Oと書ける。ここでAはNa+,K+などの一価陽イオン、M,M’は遷移金属を示す。結晶構造は図 2に示すようにM,M’の間をCNが架橋する形になっており、約0.5nmの大きさの空隙ネットワークを形成している。セシウムイオンCs+は、Na+,K+とのイオン交換によって吸着することが多いが、H2O中のH+と交換する場合もある11。構造最適化を行う場合、A,M,M’の種類に加え、x,y,zの組成比もある程度制御可能であり、それらを用途に合わせてそれらを最適化していく。
図 1. 吸着材中の多段階多孔質構造の模式図(Reproduced with permission from RSC)12
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放射性セシウム吸着材の場合、吸着容量などのCs+の吸着能に加え、水中へのシアンの溶出の低減、高温下での安定性、価格なども考慮に入れて最適化を行った。PBとしては、顔料として市販されている紺青とは異なるFe[Fe(CN)6]0.75という組成を選択した。これはCsの吸着容量を大きく増加させることができるためである11。また、PBに加え、銅置換PB型錯体(CuPBA)を吸着材として選択した。Cu置換により、吸着容量をさらに高めることができ、安定性も高いためである。NiPBAコバルト置換体(CoPBA)はさらに高性能が期待できるが、ニッケル、コバルトがレアメタルであり、コスト上課題が発生する可能性が高く、使用を見送った。
次にnmスケールの構造最適化のため、我々は、関東化学(株)と連携し、ナノ粒子化技術を確立した。ナノ粒子化により、吸着速度の向上が見込めるうえ、溶媒に分散させインク化、または懸濁液とすることで各種成型が容易になるためである。ラボレベルではマイクロミキサーを使用したナノ粒子の精密合成技術を確立した13。実際、マイクロミキサーにより合成したCuPBAはバッチ合成したものに比べ粒径は小さくばらつきもない(図 3)。Cs容量も高く、吸着速度はバッチ合成品の7.7倍を達成した。製品化する場合は、必ずしもナノ粒子の性能が必要であるわけではないが、この精密合成は材料開発には極めて重要である。バッチ合成では、単一の組成、構造の合成が困難であり、最適化の検討が難しい。つまり、精密合成は結果として不要であることもあるが、開発時には極めて重要なツールである。
mm以上の構造については、粒状化12,14–16と、不織布17–21や綿布22などの基材への担持を行った。前者については関東化学(株)と、後者については(株)日本バイリーン、ユニチカトレーディング(株)等、多数の企業との共同研究により実現した。粒状体はPBあるいはPB型錯体の含有量が高く、高い吸着容量を維持できることが特徴である。一方、担持体は高速な吸着速度が期待できる。粒状体であっても、mmスケールなどの高次多孔質構造を制御することにより高速化は可能である12。
図 3. マイクロミキサー合成とバッチ合成で作成したCuPBAの電子顕微鏡像(Reproduced with permission from RSC)13 |
図 4. PB-NPの粒状体(左、関東化学製)および担持不織布(右、日本バイリーン製)23
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3. 吸着材の放射性Cs吸着能
吸着材の構造最適化において、当然ながらもっとも重要なことは放射性Csの吸着力である。図 5に灰洗浄水および純水にCsを溶解させた水溶液に様々な固液比で吸着材を添加し、1時間攪拌した時のCs吸着率を示す24。例えばV/M=5,000(L/kg)は200ppmの濃度で吸着材を添加したことを表している。純水Cs水溶液の場合であっても、PB-NPは顔料として販売されているPBの市販品や、ゼオライトに比べ十分高い吸着力を示すが、その差は灰洗浄水でさらに広がる。PB-NPの11mm粉末は、灰洗浄水でも吸着率にほぼ変化はないが、ゼオライトは20%まで落ち込む。これは灰洗浄水にはNa+, K+などのCsと同様のアルカリイオンの濃度が高く、選択性の低い吸着材では性能が落ちるためである。
図 5. 灰洗浄水および純水で作製したCs水溶液に1,000 ppmの濃度で吸着材を添加した時のCs吸着率。11mm, 60mmは粉末の二次粒径を示す。14 |
また、吸着特性とともに、実用化で重要なことに、吸着材からの溶出が挙げられる。特にPBおよびその類似体は内部にシアノ基を有するため、シアンの溶出の確認が必要である。図 6にPB-NPおよびCuPBAの粒状体を用いたCs吸着試験前後のpHの関係を示す15。全pH領域で吸着能に大きな違いはないが、溶出は初期pHの影響がある。PBは酸性領域でのシアン溶出量が小さく、CuPBAは弱酸性~弱アルカリ性での溶出が少ない。このことから、液性によって適切な吸着材を選択することが望ましい。ただし、何らかの理由でシアンが溶出するpH領域での使用が必要になった場合でも、溶出するイオンはヘキサシアノ鉄イオン([Fe(CN)6]a-)であり、後段にその吸着カラムを設置する対応法もある25。
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4. 焼却灰除染技術
4.1.
背景と概要
環境中に放出された放射性Csの一部は、人間活動の中で移動し、その一部は都市ごみや下水汚泥などの廃棄物に混入する。それらは焼却場などで焼却され、放射性Cs濃度の高い焼却灰となるケースがある。現在でもそれらの焼却灰の最終処分に向けた処理法は決まっていない。また、除染作業で発生する可燃性汚染物も焼却されるため、そこでも放射性Csを含有する焼却灰が発生する。
この問題を解決するため、様々な企業、研究機関が技術開発を行ったが、我々もPB-NPを利用し、焼却から廃棄物管理までを一貫して技術を確立した。図 7にそのスキームを示す。可燃性の放射性Cs汚染物はまずCsが飛散しない方法で焼却する。生じた焼却灰を洗浄することにより、放射性Csを抽出する。洗浄後灰は放射性Cs濃度が低下するため、管理が簡便となる。抽出液中の放射性CsはPB-NPを利用した吸着材により回収する。ここで重要な点は、本吸着材の高い吸着容量と選択性である。抽出液は塩濃度が高く、選択性の低い吸着材では放射性Csを回収できない。吸着材はそのまま保管しても問題はないと考えると、数千年といった長期管理が想定される場合は、酸化物などの分解しない物質に変換することにより、より簡便な保管も可能である。次節から、各要素技術に関し、詳細を紹介していく。
図 7. 可燃性放射性Cs汚染物およびその焼却灰の処理スキーム23 |
日本国内の焼却炉はダイオキシン対策などの歴史から極めて安全なものとなっており、放射性Csが排気中にほとんど検出されないことが知られている。しかしながら、今後除染廃棄物などの放射性Cs濃度が高い場合についてもその安全性を確保するために、焼却から実証試験を行った。
例として、1,000~2,000 Bq/kg程度の放射性Csを含有する樹皮の焼却試験の結果を図 8に示す2。放射性Csは特に排ガス処理装置であるバッグフィルタで回収される飛灰での濃度が高く、樹皮中濃度が986 Bq/kg, 2020 Bq/kgの時に飛灰中濃度は37,900 Bq/kg, 137,000 Bq/kgとなった。これは38倍、69倍に濃縮されたことを示しており、焼却前の濃度が低くても、灰中濃度が著しく上昇する可能性を示している。一方、排ガス中には放射性Csは検出されなかった。本結果は、バッグフィルタおよびHEPAフィルタを装備した焼却炉で実施したが、バッグフィルタだけでも排ガス中の放射性Cs濃度は十分に低減しており、この程度の装備でも十分に放射性Csの再放出が防げることが分かった。
4.1.
放射性Cs抽出技術
次に、灰を洗浄することによる放射性セシウム抽出することを検討した。同様の技術は他機関でも実施しているが、我々は幅広い焼却物および灰の種類、さらには薬剤添加による抽出率の変化等も検討し、極力実用化に向けた技術の確立を進めてきた。その一例を表 1に示す。これは福島県川内村で実施した試験で得られたものである。より多くの放射性Csを抽出するため、塩化カルシウムを添加し、焼却したところ、飛灰では80~90%、主灰でも60~70%の放射性Csの抽出に成功した。また、これとは別に、下水汚泥焼却灰については希酸による抽出を行ったところ、多いもので91%の放射性Csの抽出を実現した26。下水汚泥焼却灰は粘土質が混入することから放射性Csの抽出率は低いと考えられていたが、酸を使用することによって、抽出率を向上しうることを確認した。
図 8. 樹皮(Bark)を焼却し得られる焼却灰の種類ごとの放射性Cs濃度と排気ガス中放射性Cs濃度(Reprinted with permission from ACS).2 |
4.2. 放射性Cs回収技術
PB-NPおよび類似体のCs吸着能については、安定Csを利用した基本性能の確認は3章にてすでに述べた。ここでは放射性Csを利用した実証試験の結果を紹介する。我々は福島県川内村での実証試験で、灰抽出水をPB-NP粒状体および担持不織布を充填したカラムに通水し、Cs回収試験を行った。その結果を図 9に示す。カラムは図 4に示したものを用い、その表面に線量計を設置した。図 9右上図は通水量に対するセシウム吸着率の変化であり、ある通水量から吸着率が低減している。これは破過という現象であり、この結果から実際にこのカラムが使用できる通水量などを見積もることができる。ただし、本吸着材は極めて吸着容量が大きいため、破過試験の実施には大量の水が必要となり困難なため、本試験では安定Csを添加した加速試験を実施した。
今回の加速試験で用いた抽出水(放射性セシウム濃度876 Bq/L〔全て放射性セシウム137であると仮定して算出すると0.00027 µg/L〕、安定セシウム濃度25 µg/L)の場合、1億7,000万Bq/kgの吸着が可能であると結論付けた。これは、本実験に用いた灰(放射性セシウム濃度15.4万Bq/kg、76 %の放射性セシウムが水に抽出)の処理に、灰の約1,400分の1の量の吸着剤で足りることを示している。
表 1. 実証試験で実施した塩化カルシウム添加焼却試験における、焼却物、焼却灰、Cs抽出処理後の性状23 |
図 9. 実証試験で行った放射性Cs吸着試験の結果。(左図)通水による放射性Cs吸着と線量計による吸着挙動評価の模式図(右上)通水によるCs吸着率。(右下)カラム表面に設置した線量計により測定した放射線量率23。 |
4.3.
本技術の効果(廃棄物管理簡便化への貢献)
処理後の廃棄物としては、放射性Cs濃度を低減した灰と、回収した放射性Csを吸着した吸着材、そして線上に使用した水がある。
処理すべき焼却物と、処理焼却灰と使用済み吸着材の重量、濃度の関係を図 10に示す23。例として1,800
Bq/kgの可燃性汚染物を焼却すると、主灰が1.8万Bq/kg、飛灰が22.6万Bq/kgと推測される。これを抽出処理することで、それぞれ4,100 Bq/kg、3.1万Bq/kgまで低減することができる。放射性廃棄物の管理基準は8,000 Bq/kg、10万Bq/kgであり、それを超えることで管理が厳格になり、そのコストが上昇していく。つまり、灰洗浄を実施することで、処理コストの低減が期待される。吸着材は3.6億Bq/kgと高い放射性Cs濃度となるが、4.4gと極めて少量であり、濃度も一般的な原子力発電所の廃棄物基準で言えば、低レベル廃棄物であるため、その管理コストに大きな問題は発生しないと考えている。吸着材の管理技術については、よし安全性を高める方法なども検討しており、詳細は4.4章にて紹介する。
水は放射性Csを吸着材で除去しているため、通常の排水処理で問題はない。また、処理水を再度利用することにより、排水を最小限にすることもでき、さらにはその最小限にした排水を蒸発処理することなどで、無排水での運用も可能である。
図 10. 実証試験で得られた知見から推定される処理フローの一例23
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4.4.
使用後吸着材管理技術
前章までに紹介した通り、PBおよびPB型錯体は極めて高いCs吸着特性を示す。一方、その安定性には懸念の声もある。その最大の理由は構造にシアノ基(CN)を有することである。シアン化合物は水に溶出した場合、その排水基準は1 mg(CN)/Lであり27、シアン化水素(HCN)として大気中に放出されたときは作業環境評価基準として3 ppmが指定されている。PBは300年の歴史を持つ顔料であり、その安定性は広く知られているが、本技術ではナノ粒子を使用していることもあり、改めてHCNの大気放出特性について検討した。
PB-NP粉末の未使用乾燥分、湿潤させたもの、Csを吸着させたもの(89.5 mg-Cs/g-Ads)について、HCNの吸着がないことを確認したアルミバッグ中に空気/吸着剤比を10として温度25℃、24時間静置したところ、アルミバッグ中のHCN濃度は7.4 ppm, 1.8 ppm, 2.2 ppmとなった。また、空気/吸着材比の依存性は見られなかった。また、温度上昇によりHCN濃度は上昇傾向がみられた。これらのことから、PB-NPからのHCN遊離は化学平衡的な挙動を示すと推察され、使用後吸着材は湿潤させたうえで密閉容器にて保管し、温度管理がある程度なされることが望ましいと結論付けた。
一方、CuPBAについて、実際に仕様が想定される造粒体で同様の評価を行ったところ、60℃までHCNは検出されなかった。このことから、CuPBAの方が保管の観点からはPB-NPに対し優位性があり、使用後もそのままの保管で問題ないと結論付けた。
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一方、PB-NPはそのままの保管では、突発的な温度上昇等など、保管環境管理の最悪なトラブルまで考慮すると、周辺HCN濃度が上昇するリスクを完全には否定できない。放射性廃棄物は、数千年以上に渡り保管する可能性もあることから、一般以上の安定性を求める傾向がある。これらの懸念に対応するため、PBの安定保管法を検討した。
PBおよびPB型錯体は金属とシアノ基の複合体であるため、加熱酸化処理により金属酸化物とすることが簡便に安定な構造に変換する方法と考えられる。しかし、その際に課題となるのが、PBの大きな発熱量である。PBはFe2+を有するため、酸化時の発熱量が大きく、単純な方法では温度の管理が難しい。吸着したCsは、600℃を超えると揮発放出される懸念がある。
これらの課題を解決するため、我々は過熱水蒸気を用いた処理法を開発した(図 12)28。過熱水蒸気中で参加することにより、大気中のような急激な酸化は生じず、温度を十分に制御した中での処理が可能となる。図 12(b)に処理後の赤外吸収スペクトルを示した。500℃で処理すると、処理物内にシアノ基に起因する2100 cm-1のピークが消失していることがわかる。一方、CO32-に起因するピークが現れ、CsはCs2CO3として残留していると推測される。また、処理時の排気ガスにはセシウムはほぼ含まれていないことも確認した。これより、吸着したCsは炭酸塩として安定に保管できると考えられる。
さらに、処理物を水洗した場合、ほぼすべてのCsが溶出することを確かめた。この時にNaやKなどの共存アルカリイオンはCsと同程度かそれ以下の濃度であった。このことから、仮に炭酸塩としてCsを管理することが溶出性の観点から問題である場合、処理物を水洗しCsを溶出させ、ゼオライト等の酸化物吸着材に吸着させて保管することが可能であるこれらの結果を踏まえ、実際の処理法について考察した。処理を実施するためのシステムの例を図 13に示す。放射性Csを吸着した吸着材は放射線量が高く、その取り扱いには注意を要するが、作業者の被ばく線量を計算しても、十分にこのシステムで実現可能と考えている。
図 12. (a)PBの過熱水蒸気による安定化の模式図。(b)処理に用いた過熱水蒸気温度と処理後赤外吸収スペクトルの関係28。 |
図 13. 吸着後の吸着剤過熱水蒸気安定化法の概念図
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5. 処理コスト計算
ここまで述べてきた通り、我々は吸着材の材料開発から、用途ごとの実施技術、さらには使用後吸着材の管理法まで検討を行い、技術的にはほぼ確立されたと考えている。一方、実際に実施するには、そのコスト低減効果が重要である。我々は、焼却灰処理を例として、具体的なコスト低減効果の試算を行った。
その際に重要になるのが、最終処分の在り方である。ここでは、10万Bq/kg以上の汚染物については、原子力発電所から発生する低レベル廃棄物と同様の管理であると仮定した。
放射性廃棄物にはL1-L3の区分があり、除染廃棄物が該当するのはL2もしくはL3、10万Bq/kg以下のものがL3となり、それ以上のものがL2となる29。L2はトレンチ処分、L3がピット処分となり、それぞれの費用は平成26年度の日本原子力研究開発機構の埋設処分計画から350万円/トン、70万円/トンと仮定した30。3,000 Bq/kg以下の廃棄物については、一定の条件のもと土木資材等として再利用が可能であり31、廃棄費用は発生しないとした。
本処理法を施すことによるコスト低減要因は、焼却灰のr-Cs濃度低減により下のクラスに落とせることである。一方、コスト増加要因は処理に要するコストと、新たに排出されるr-Cs濃度が高い吸着剤の処分費用となる。よって、本処分法の対象とするか否かは以下のコスト低減効果の正負で考えることができる。
コスト低減効果= (処理後中間貯蔵保管費用
+処理後の灰最終処分費用)
- (処理前の中間貯蔵保管費用
+処理前の灰最終処分費用)
-{(処理コスト)+吸着剤保管費用
+吸着剤最終処分費用)}
この計算式で算出した各種処理法のコスト比較を表 2に示した。例として焼却飛灰の濃度が12万 Bq/kgだった場合、灰洗浄後放射性CsをPBで吸着、PBを過熱水蒸気で安定化するケースが最も安価であると結論付けた。コスト低減効果の大半は飛灰濃度を下げ、その管理コストが低減できることに起因する。つまり、飛灰濃度の濃度を下げることにより、管理コストが低減できるならば、本技術の活用は十分に意味があると記載される。
表 2. 飛灰処理法ごとの最終処分までを含めた飛灰1トン当たりの費用比較。「PB安定化」「ゼオライト直接」「固型化」「未処理」はそれぞれ、飛灰洗浄後PB吸着+過熱水蒸気による安定化処理、飛灰洗浄後ゼオライトにより直接吸着、セメント固型化、未処理を表す。単位は千円.
PB
安定化
|
ゼオライト
直接
|
固型化
|
未処理
|
||
処理費用
|
¥161
|
¥186
|
¥100
|
¥0
|
|
中間
貯蔵
管理費
|
飛灰
|
¥10
|
¥10
|
¥10
|
¥10
|
吸着剤
|
¥5.9
|
¥51
|
¥0
|
¥0
|
|
最終
処分費
|
飛灰
|
¥980
|
¥980
|
¥3,500
|
¥3,500
|
吸着剤
|
¥205
|
¥1,785
|
¥0
|
¥0
|
|
総額
|
¥1,360
|
¥3,010
|
¥3,610
|
¥3,510
|
6. まとめと謝辞
本技術の確立には、幅広い協力が必要不可欠であった。産総研内では、伯田幸也主任研究員および内田達也客員研究員にはプラント設計、設置、管理に関し多大なご協力を頂いた。保高徹生主任研究員に、特にコスト計算についてご協力いただいた。小川浩上級主任研究員にはカラムの線量シミュレーションなどでご協力いただいた。その他、多数の方に企業連携や実験実施の規程整備、特許戦略などでお世話になった。外部では、関東化学、日本バイリーン、東京パワーテクノロジー他多数の企業の協力があって初めて本技術が確立できた。また、実証試験の実施についてご協力いただいた福島県川内村の皆様に厚くお礼を申し上げます。他にも、多研究機関・大学など研究機関の皆様、政府・地方自治体の皆様など、本当に多くの協力を頂きました。ここで厚くお礼申し上げます。
公開履歴
2017/03/31 産業技術総合研究所ナノ材料研究部門にて初版開示
https://unit.aist.go.jp/nmri/ja/results/index.html
2017/01/09 一部文章を修正
2017/02/19 ナノ粒子機能設計グループHPにおいて公開
参考文献
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31 環境省, 管理された状態での災害廃棄物(コンクリートくず等)の再生利用について (2011).