2013/07/19

[PB]放射性セシウム吸着材としてのプルシアンブルー

技術情報協会「技術シーズを活用した研究開発テーマの発掘」に掲載された記事の紹介です。



プルシアンブルーの結晶構造




1.      背景
1.1 放射性セシウムの環境下での状態
   平成23年3月11日に発生した東日本大震災により生じた津波は、東京電力福島第一原子力発電所を襲い、核燃料を冷却するための電気系統を停止させた。この結果、核燃料が過熱され、揮発しやすい放射性物質が放出された。放出された放射性物質は、主としてXe-133I-131Cs-134Cs-137である1. 中でも、半減期が約2年、30年と長いCs-134,137は、長期的に環境中に残存し、人間の社会生活に大きな影響を及ぼす。そのため、その除染が国家的課題として推進されている.
環境中の放射性セシウムの存在形態として、負に帯電した物質への吸着、酸化物、塩化物などの塩、水への溶解などが挙げられる。特に、土壌中に存在する層状粘土鉱物は、フレイドエッジサイトと呼ばれる層間端部に放射性セシウムを強く吸着することが知られている2。このことから、多くの放射性セシウムは、年を追うごとに、土壌等へ吸着する形態へ移行すると考えられている。よって、水中の放射性セシウムは、水中で浮遊している粘土粒子等(懸濁物)を凝集沈殿法などで除去することで、多くの場合はかなり低濃度まで除染することが可能である。


   しかしながら、水中には一定のイオン化した形態(溶存態)の放射性セシウムも存在する。例えば、都市ごみ焼却飛灰などには、塩の形態で放射性セシウムが含まれており、水との接触により、放射性セシウムが溶存態となり、溶出する恐れがある3,4。実際、飛灰セメント固化物を処分する最終処分場の浸出水から、基準を超えた放射性セシウムが検出された例もある5。このような場合、凝集沈殿法による除染では不完全である。
また、河川水などの環境水中には、低濃度の溶存態放射性セシウムが存在することが報告されており6、農作物中の放射性セシウム濃度は、生育に使用した水中の放射性セシウム濃度上昇と共に増加していくことが報告されている7。カリウムを肥料として与えるなどの方策を取ることで、大きな影響は発生しないと考えられているものの、注意は必要である。

1.2 プルシアンブルーとは
   溶存態の放射性セシウム除去に有効と考えられる吸着材の一つが、プルシアンブルーである。プル シアンブルーは1704年に初めて合成された人工顔料であり、葛飾北斎が浮世絵に使用する等、長年顔料として広く利用されており8、米国では化粧品用着色剤としても認可されている9。農薬添加剤として農地散布がなされている10, 11と共に、国内でも芝用塗料に添加されている12。また、調光ガラス・電子ペーパーなどの色可変デバイスなどへの利用も研究が盛んになされている13,14
   プルシアンブルーを含むプルシアンブルー型錯体は、放射性セシウム吸着材としても、長年の歴史がある。プルシアンブルー型錯体によるセシウム回収が初めて報告されたのは、1951年のことである15,16。1986年のチェルノブイリ原子力発電所事故後には、牛乳や食肉中の放射性セシウム濃度低減のために何年にもわたり乳牛に投与された17。IAEAの文書によると、プルシアンブルーを乳牛に与えた場合、搾取した牛乳中の放射性セシウム濃度が1/3以下になるとのことである17。福島第一原子力発電所事故直後の、原子力発電所内汚染水処理で使用されたアレバによる除染装置でも、プルシアンブルー型錯体が吸着材として機能している。さらに、プルシアンブルーは、放射性セシウムの抗内部被ばく薬としても承認されている18

   プルシアンブルーのセシウムイオン吸着性能は非常に高いことが知られており、特にカリウムやナトリウムなどの他のアルカリイオンの存在下でもセシウムイオンを選択的に吸着することが特徴である。その吸着機構は必ずしも明確ではないが、プルシアンブルーの結晶構造と、セシウムイオンの水和半径から理解されることが多い。プルシアンブルーは、図1に示した構造を取っており、内部に0.5nm程度の空隙ネットワークを有している。一方、セシウムイオンは、安定同位体を持つアルカリ金属イオンの中で、最も小さな水和半径を持つため、セシウムイオンが選択的にプルシアンブルー内部の空隙ネットワークに入り込むと考えられている。
 
 
図1. プルシアンブルーの結晶構造/ Crystal structure of Prussian blue



1.3 福島事故後のプルシアンブルーを利用した除染技術開発
  2011年の福島第一原子力発電所事故以降、国内でもプルシアンブルーを使用した除染技術の開発が盛んになった。産総研はプルシアンブルーをナノ粒子化し、その吸着特性を高めると共に、繊維等への担持を進め、実用に適した形状を開発した19,20。ユニチカトレーディング21、東京大学、北海道大学などでも様々な基材への担持が検討されている。大日精化工業はプルシアンブルーを顔料として販売してきた強みを生かし、不織布に担持したものなどを利用し、除染技術を開発している。関東化学は、ナノ粒子を中心に開発を進め、ナノ粒子分散液と、粒状に成型した吸着材の試験販売を開始している。
    除染での使用法も、多彩な研究が進められている。前田建設は東京工業大らと連携し、爆砕法により土壌から抽出した放射性セシウムを、プルシアンブルーを利用した凝集沈殿法で回収する方法を開発した22。都市ごみ焼却灰から放射性セシウムを抽出したのちに、プルシアンブルーで回収する方法は、三菱製紙のグループ23、アタカ大機24などが開発している。また、産総研では除染作業で発生する植物系廃棄物を念頭に、同様の実証試験を実施している。農作物への放射性セシウム移行を低減する目的においても、プルシアンブルーは高い効果が見出されている。農業食品産業技術総合研究機構では、土壌に添加することで放射性セシウムの溶出を低減する実験において、検討された9資材のうち、プルシアンブルーだけが対照資材であるゼオライト・バーミキュライトより吸着性能が高いことを報告している25。低濃度環境水の放射性セシウム濃度評価への利用6や、シイタケ等のキノコへの放射性セシウム移行低減等への活用も検討、開発が進んでいる。




2.      プルシアンブルーのCs吸着能とその高性能化
2.1 プルシアンブルーナノ粒子
 上述のように、プルシアンブルー及びその類似体は、放射性セシウム除染目的で、多くの開発が進められている。本節では、特に筆者が進めている、ナノ粒子化、他材料との複合化などによる吸着材の高性能化を含めた開発について紹介する26
 産総研と関東化学は、5~20nm程度の粒径を持つ、プルシアンブルーのナノ粒子の量産化に成功した。プルシアンブルーは、従来微結晶になりやすいが、その合成法を工夫し、特にセシウム吸着能が高いナノ粒子を合成し、スラリー状のものについては、現行装置でも年間約300トンの生産が可能である技術を確立した。

得られたナノ粒子を乾燥粉末化したものを用い、セシウム吸着性能を調べたところ、市販のプルシアンブルー、ゼオライトに比べ、桁違いの高い吸着性能を示した。 2-2は、灰洗浄により得られた、セシウム、カリウム、ナトリウムの濃度がそれぞれ1、140、2200mg/Lの水溶液に、各吸着材を添加、100分振とう後の水溶液中のセシウムが何分の1になったか(除染係数)を示したものである。プルシアンブルーナノ粒子の11μm、60μmは、粉末化した際の平均二次粒径を示す。ナノ粒子は、液‐固比5000、すなわち水溶液にその1/5000の吸着材を添加しただけで、水溶液中のセシウム濃度を1/100以下にすることができる。同程度の二次粒径を持つ市販品と比べても、吸着後の水溶液中セシウム濃度を1/10以下にすることができ、大きな性能向上がなされている。一方、ゼオライトは、このような共存するアルカリイオン濃度が高い場合には、セシウムの吸着能が著しく落ちる。



2-1.量産化されたプルシアンブルーナノ粒子のスラリー.
図2-2. スプレードライにより粉末化したナノ粒子と、紺青市販品、ゼオライトの、高塩濃度水溶液からのセシウム吸着時の除染係数



2.2 ナノ粒子担持吸着材
 得られたナノ粒子は、スラリー状、粉末状で使用する場合には、放射性セシウム汚染水に添加後に、凝集沈殿等の方法で固液分離する。一方、カラムに吸着材を充填し、汚染水を通水することによる除染も可能である。産総研では、関東化学、日本バイリーン他の企業と連携し、粒状の加工、不織布・綿布・活性炭といった基材への担持を進め、カラム用吸着材の開発にも成功している( 3参照)。


3.プルシアンブルーナノ粒子を活用した様々な形態のセシウム吸着材27





 3.プルシアンブルーを用いた除染技術例と留意事項

 ここではプルシアンブルーの用途の一例として、焼却灰除染を紹介すると共に、プルシアンブルーを除染に使用していく際の注意事項について述べる。
3.1 焼却灰除染
 放射性セシウムを含む焼却灰がどの程度生じるかは現時点で不透明である。都市ごみ焼却灰等は、当然ながら事故発生後も継続的に発生しており、その処理は大きな課題となっている。さらに、除染によって発生する廃棄物の中にも、可燃性のものが多く含まれており、それらは焼却により、体積を減らす(減容化)方向で検討されており、結果として大量の焼却灰が発生する可能性がある。前述のとおり、その際の一つの大きな課題は、灰の種類によっては処理法を誤ると、放射性セシウムが水に溶出する恐れを否定できないことである。

 放射性セシウム溶出性の焼却灰の管理処分にプルシアンブルーを利用する方法として、筆者らは二種類の手法を提案した(4)26。一つは、焼却灰の処分場の浸出水から、プルシアンブルーを利用し放射性セシウムを除去する方法である。もう一つは、事前に焼却灰から、水などを利用し放射性セシウムを抽出したうえで、その抽出液をプルシアンブルーで除染する方法である。特に後者については、実証プラントを製作、現在福島県で実証試験を進めている27。また、前述の三菱製紙、アタカ大機等の取り組みも、同様の考えの下、開発されている手法である。




4.放射性セシウムを含有する焼却灰の処分管理法26



3.2 使用時の注意事項
 述べてきたとおり、プルシアンブルーは、非常に放射性セシウム吸着能力が高く、広範な用途が期待されている。安全性についても、長年の顔料としての歴史に加え8、農地散布11、化粧品着色剤9、薬剤18などとしての利用からも、大きな問題はないと考えられる。しかしながら、化学物質であり、使用には留意する事項がある。

まず、プルシアンブルーは、その内部構造にシアノ基が入っており、環境への放出には注意が必要である。土壌汚染対策法においては、土壌中の含有量に関しては「遊離シアン」が制限対象であり、土壌からの溶出量については、「全シアン」が対象となっている。遊離シアンとは、CNがイオンとして水に溶解している状態であり、鉄原子と錯体を形成しているプルシアンブルーや、フェロシアン化物イオンなどは全シアンに該当する。すなわち、プルシアンブルーが土壌中に存在しても法律上の問題はないが、地下水等への溶出に関しては検討が必要である。

前述のとおり、プルシアンブルーは、南欧では広く農地散布に利用されていると共に、国内でも芝用塗料として販売されている12。これらの状況から、プルシアンブルーの散布に関し、問題が発生する可能性は少ないと考えられるが、その可能性を科学的に完全に否定することは困難であり、大量に農地散布等を行う場合には注意が必要である。

除染プラント等で使用する場合の留意事項としては、プルシアンブルーはアルカリ下での耐久性が弱いことが挙げられる。例えば、灰からの放射性セシウム抽出液は、一般的にアルカリ性であるが、そのような場合は、液を中和後、吸着させるなど、工程に工夫が必要である。また、200℃を超えると酸化反応が起こり、発熱する場合があり、使用時、管理時にプルシアンブルー自体の温度が200℃を超えないように配慮する必要があり、保管温度としては140℃以下程度が望ましい。(注)

摂取時の毒性についても、幅広く検討がなれさており、毒性はないとの結論が出ている11。プルシアンブルーのナノ粒子についても、LD50>2000mg/kgと毒性は低く、皮膚及び目への刺激性もないことを確認されている。



以上、プルシアンブルーの放射性セシウム吸着材としての特徴と、用途、使用時の留意事項について述べてきた。高い放射性セシウム吸着性能を持つプルシアンブルーが、適切に使用され、汚染地域の除染に貢献することを願ってやまない。




【参考文献】
1.原子力災害対策本部, 閣僚会議に対する日本国政府の報告書, 日本国政府: 2011; G. Brumfiel, et al., Nature 2011, 478 (7370), 435-436.
3.放射性物質の挙動からみた適正な廃棄物処理処分. 国立環境研究所: 201
12ダイアグリカルグリーン,大日精化工業.
15.Decontaminaion of Process Waste Solutions Containing Fission Products by Adsorption and Coprecipitaiotn Methods. Mound Laboratory: Miamisburg, Ohio, 1951; Vol. MLM-621.


(注) 正確を期すため、原記事から少し記載を修正しました。